2017年03月31日

「民主主義の再起動」

1「民主主義の再起動」


「民主主義の再起動」、これはフランスの歴史学者エマニュエル・トッド氏が現下の欧米の動きを語った言葉ですが、ポピュリズムの正体をこれほど簡潔に核心をついて表現しうるのかと、心震えるような思いに襲われています。319日と20日の西日本新聞に「ポピュリズムの正体」と題して掲載された、インタビュー形式による上下2回の連載記事の一つですが、19日には同じフランスの地理学者だというクリストフ・ギリュイ氏の「断層を広げた多文化社会」という、こちらもポピュリズムの正体の核心をついた論評談話が掲載されています。


いずれの記事も共同通信による配信記事のようなので他紙にも掲載されているかもしれませんが、両氏のような、時流におもねることなく、時流の深層に潜む問題をこれほど核心的に分析しうる学者は、日本にはいないのではないか。少なくともマスコミに登場するような学者の中にはいないと断言します。


トランプ大統領の誕生、英のEU離脱、移民排斥を訴える右派の伸張など、昨今顕著になった欧米の動きに対して、その内実についてはほとんど触れず、「ポピュリズム(大衆迎合主義)」の一語で非難し去ることが言論の正当性の証明であるかのような風潮が日本や欧米を覆っています。そうした中、世界的にもその名を知られたエマニュエル・トッド氏が、マスコミや識者にポピュリズムと非難されている現下の事態を「民主主義の再起動」、「民主主義のよみがえり」だと指摘したことは、驚きであると同時に我々に勇気を与えてくれたとさえ感じます。


クリストフ・ギリュイ氏は初めて目にするお名前ですが、大衆層の地理的分布から、欧州諸国には共通する社会的断層の存在することを統計的に明らかにし、グローバル化、多文化社会がもたらしたひずみの大きさに警鐘を鳴らしています。そして両氏はともに、現実を直視せよと訴えています。現実を直視するならば、ポピュリズム批判というパターン化した非知性的な怠惰な批判などできなくなるはずです。


日本では地理学者がその専門的知見をもとに社会問題について発言することなどはまず考えられませんが、それよりも何よりも、日本では国公立大学からは文学部が追放され、地理学科も歴史学科も単独の部門としては、国策として国公立大学からは消滅させられています。九大は改変時文学部を廃止しましたが、数年後文学部という名称は復活させたものの、中身は消滅されたまま。その上、文系学部には文部官僚を中心とした官僚が大量(60人前後も?)に大学に天下りし、学術研究の質が低下する一方です。


韓流ドラマを使った韓国史の講義や韓流レクチャーが大学の正規の授業にまでなっています。韓流の達人と呼ばれているディスクジョッキーを本業としている人物が、複数の私大で韓流エンターテインメントについて教えていることをつい最近知ったばかりでショックを受けています。韓国研究所までは設置していない大学にも韓流は広く浸透しているわけですが、日本の大学では、韓流ファンをせっせと育成してあげているわけです。旧来の学問体系を破壊し、目先の変わった事業や授業に予算を配分するという、愚かな文部行政の産物です。


本号のテーマからはそれてしまいそうなので元に戻しますが、トランプ大統領に関していえば、ほとんど知性の感じられないその粗暴な言動ばかりが目につきますが、アメリカではIT企業を支える人材を移民に依存していることが、トランプ大統領の移民入国禁止策で初めて明らかになりました。これまでも同趣旨の事情についてはしばしば報じられてきましたが、その人材はIT企業を起業したり、IT企業の中核を支える少数のエリートであるかのような印象を与えるものでした。少なくともわたしはそう理解していました。


IT発祥の地であり、その総本山でもあるアメリカでは、IT企業を支える基本的な人材は当然のことながらアメリカ国民であり、基本的人材まで移民に依存せざるをえないほどにIT人材が不足しているとは夢にも考えませんでした。しかし基本的な人材まで移民に頼らざるをえない状況にあることが、移民入国禁止策で暴露されました。わたしは当初、アメリカのIT企業がこぞってトランプ大統領の移民禁止策に反対しているのは、理念的なものに発しているとばかり思っていましたが、そうではなく、人材確保という現実的かつ切実な必要性から出たものであることを知り、アメリカの抱える病巣の深さに愕然といたしました。


わたしはトランプ大統領の誕生を受けて、葦の葉通信21号「アメリカ国民は消耗品」を発信しましたが、この時点では、IT関連産業は、製造業に代わる新産業というよりも、その技術的特性から製造業の上位にすら君臨する新万能産業であり、アメリカ人の若者はもとより、製造業で職を失った労働者層のIT産業への移行策が取られており、アメリカのIT産業の基本はアメリカ人労働者によって支えられているものとばかり思っていました。アメリカはIT技術の生みの親であるばかりか、今現在も世界のIT産業の王者であり、当然のことながら、アメリカ国民に対するIT教育や職業訓練などが日常的に行われているとばかり思っていました。しかしどうもそうではないという事実が明らかになりました。


必要な人材は手っ取り早く移民や海外の優秀な頭脳に依存するという政策が、アメリカの基幹産業であるIT産業にまで及んでいたことが分かりました。職を失い貧困にあえいでいる白人労働者たちには再教育の機会も与えぬまま放置し、手っ取り早く移民や海外の人材に依存するという効率第一主義の政策が、トランプ大統領の誕生を招いたことは明らかです。他国を非難するよりもまず、効率第一主義を国是とするようなアメリカの伝統的な政策が、自らの支持層である貧しい白人労働者を生み出したという事実を、トランプ大統領はとくと考えるべきではないかと思います。


貿易赤字の元凶である中国や日本やドイツを批判し、日本に対してはアメリカ車の輸入割当で貿易格差を解消しようとするのは、商売の道理に反するばかりではなく、アメリカの技術革新意欲を破壊するものでしかないはずです。資本主義経済の最大の特性、利点は、商品を売るためには企業は絶えざるイノベーションを追及せざるをえないという点にあります。トランプ大統領は国家管理のもとで、恫喝的手法を駆使してアメリカ製品を売ろうと考えているのでしょうか。もしそうであるならば、アメリカ製品のさらなる質の低下を招く結果になるだけでしょう。


トランプ大統領の最大の特徴は、その手法はともあれ、自国民の雇用確保に政治家としての命を懸けていることです。これほど自国民の雇用確保を政策の最大課題に掲げている国家の首長は、世界の近代政治史上、他に例はないのではないか。ただその手法が非常に短絡的であるところに問題があります。アメリカでも日本でも最大の製造業は自動車産業ですが、大統領の言いなりにならないからといって、仮に日本の自動車メーカーをアメリカから叩き出したとしても、アメリカの自動車メーカーだけでは雇用一つとってみても、その穴を埋めることは不可能です。トランプ大統領も脅しで言っているだけで実際にはこんな愚かなことはしないとは思われますが、仮に脅しだとしても、アメリカ経済にとってはマイナスでしかないはずです。


トランプ大統領が移民入国禁止策を進める中で、ITなどの高度な技術をもった人材に特例的に認められていた入国許可まで停止しましたが、これはIT業界の猛反発を招きました。猛反発は当然です。トランプ大統領はIT企業に対しても、移民ではなくアメリカ人を雇用せよと要求していましたが、大統領のなすべきは、IT企業の戦力となりうるような人材育成に着手することではないかと思います。


もしも大統領が、IT企業の大半は、民主党、クリントン陣営の支持者なので政治的な反発からIT企業つぶしに動いたのであれば、アメリカ最強の産業にダメージを与えることになり、元も子もない状態になりかねません。大統領の嫌がらせぐらいでつぶれるほどやわな企業は皆無だとは思いますが、大統領(国の首長)が私的感情で政策を進めるならば、その国は衰退を免れず、それこそ元も子もない結果を招くだけでしょう。


雇用確保は、日本や他国の企業を叩いて実現できるものではありません。例えば貧困にあえぐアメリカ人労働者にも、新産業の担い手となりえるような再教育の機会を与え、日本やドイツや中国企業と競争しうるような基盤を構築することで、雇用の機会を創出することです。それこそが、大統領や政治家の仕事ではないでしょうか。その際、自由な競争こそが、資本主義経済が要請するイノベーションを可能にする環境であることも強調しておきたい。


ただ自由な競争とは、グローバリズムと同義語ではないことも強調しておきたい。エマニュエル・トッド氏は、保護主義と自給自足経済とは別物であり、「国内市場を守りつつ必要な貿易を行う保護主義貿易への移行は、国家間交渉で可能だ」とも指摘しています。またトッド氏は、ギリシャは「自由貿易の極点となった」EUの植民地だとまで語っています。ギリシャはEUの植民地であるとは、ギョッとするほどに凄まじい表現ですが、日本からは地理的に離れている上に、日本のマスコミの大半が、グローバル化の典型的モデルであるEUのマイナス面についてはほとんど報道しないという事情もあり、「ギリシャはEUの植民地だ」という一文の衝撃度は非常に大きい。しかしEUの植民地はギリシャだけではなさそうです。さらにトッド氏は、「フランスの有権者も大統領が何ら権力を持たず、国を導くのは(EUの盟主)ドイツであることを無意識に承知している」と続けているからです。フランスですらこうですから、あとは推して知るべし。


しかしにもかかわらず、EUの植民地から独立しようという国々は出てきそうでなかなか出ない。イギリスが初めてですが、その衝撃は今なお尾を引いています。なぜなのか。エマニュエル・トッド氏によれば、ポピュリズムと呼ばれる事態の背景には教育格差があり、高学歴者はグローバリズムの恩恵を受けているが、低学歴者は閉塞的状況に追いやられていると指摘しています。高学歴者がすべてグローバリズムの恩恵を受けているわけではなく、グローバル企業などに就職することができた一部の高学歴者のみが恩恵を受けており、大卒者はもとより大学院卒者でも、「プアホワイト」的な生活を余儀なくされている人々が存在するというのが、日本の状況からも推測しうる現実ではないかと思います。


トッド氏は、先進国では高学歴者が大集団になったと指摘していますが、この指摘の意味するところは重要です。なぜなら、グローバリズムがもたらした格差問題は、世界的に喧伝されているような1%の超富裕層と残り99%の対立ではなく、高学歴層を基盤にしたあるボリュームをもったエリート層と貧困層の対立だということです。1%と99%の対立では社会の維持は不可能ですが、1%の超富裕層を含めた高学歴層を基盤にしたエリート層(国よって異なりますが、30%前後ぐらい?)がグローバルリズムの恩恵を受け、その流れを支持してきた結果、EUを含めたグローバル経済は今日まで維持されてきたわけですが、この流れから排除されてきた人々の我慢の限界が極点に達したというのが、今現在の状況だと思われます。


トッド氏もギリュイ氏も、トランプ大統領やフランスのルペン氏率いる極右政党FNは支持しないとしつつも、知識人やエリート層(グローバリストと呼びたい人々)の視野にも入ることのなかったモノ言わぬ大衆の下した診断には真剣に耳を傾けるべきだと訴えています。トランプ大統領は、政治家はもとより、知識人やマスコミからも見捨てられてきた貧困にあえぐ白人労働者たちに目を向けた初めての大統領候補であり、その支持を受けて大統領になった初めての人物(政治家と言いたいところですが、そうではないところもユニークといえばユニーク)ではないかと思われます。しかしその政策は、繰り返しになりますが、きわめて近視眼的です。


トランプ大統領は、雇用確保のためだとして環境規制を緩和しました。共和党の伝統的政策なのか、元ブッシュ大統領も同様の政策を実施しましたが、これはむしろ雇用削減策ではないか。雇用増にはアメリカ国外でも売れるような高品質の製品開発は不可欠ですが、トランプ氏は逆にmade in Americaは低品質を目指せと言っているようなものです。石油やガソリンをどんどん消費して、燃費の悪い、環境に負荷をかけるようなアメリカ製品をいったい誰が買うでしょうか。同様の政策を実施した元ブッシュ大統領下では、技術革新を怠った、ガソリンがぶ飲みのアメリカ車は、アメリカ国外では全く売れない状態が続きました。反省もなく、同じような政策を実施しようとするトランプ大統領は、貿易黒字国の日本などに、政治的恫喝力を使ってむりやり買わせようと考えているのでしょうか。そこまですると、いくらおとなしい日本でも反乱が起こるはずです。


この規制緩和に対してアメリカ国内では、石油業界への優遇策だとの批判も出ていますが、元ブッシュ大統領の前例からしても、おそらくその批判は当たっているのだろうと思います。しかし世界中で自然エネルギーの普及が進みつつある現在、石油業界もこうした世界的な潮流を無視しては業界の発展はもとより、存続すらも難しくなるはずです。石油といえども、自然エネルギーに対抗しうる環境負荷を低減しうるような石油製品の開発を目指すべきであり、アメリカ政府をはじめ各国政府は、そうした技術革新への意欲を惹起するような政策を立てるべきではないか。それが難しければ、石油業界の業態転換を促すべきではないですか。日本の石油業界では石油やガソリン需要の減少からか、石油一辺倒からの脱却をさまざまに試みていますが、旧態依然を奨励するようなトランプ大統領の政策は、アメリカ企業にとってもアメリカ国民にとってもマイナスでしかないはずです。


とはいえ、自国民の高い失業率を放置したまま、移民受け入れに狂奔するEU諸国や世界各国の首長たちは、国内外の猛烈なパッシングを受けながらも、自国の失業者や貧困層のために必死で雇用を確保しようとしているトランプ大統領の精神だけは見習うべきではないか。自国の失業者を放置したまま移民を受け入れるよりも、自国の失業者に雇用を確保することの方がはるかに難しい。トランプ大統領はあえてその困難な課題に突進しているわけですが、短絡的、近視眼的な手法では、その課題克服も困難です。ポピュリズムという言葉は大衆蔑視と同義語だともいえそうですが、大衆を蔑視するグローバリストの視点からトランプ大統領の登場や英国のEU離脱問題を見るのではなく、「民主主義の再起動」という視点から事態を検証し直すならば、今後の世界の向かうべき方向も見えてくるかもしれません。



2 韓国の民主主義


隣の韓国では、弾劾、罷免を要求する国民の直接行動を契機に、朴大統領が罷免されました。こうした事態を韓国の民主主義の勝利だと評価する声が韓国内外にもありますが、はたしてそうなのか。


朴大統領の弾劾、罷免の理由は多数列記されているようですが、もっとも驚愕させられたのは、朴・崔側に渡された企業からからの贈賄金額の巨額さです。判明しているだけでも、企業連合による献金が774億ウォン(77億円)!!!日本と韓国の貨幣価値の違いを踏まえれば、日本では実質的には100億円前後ぐらいの額になるのではないかと思われます。日本でも政治家や官僚絡みの贈収賄事件は跡を絶ちませんが、100億円はもとより、額面の77億円にしても、日本ではありえない金額です。しかも驚くべきことには、サムスンはこれとは別に、実際に支払い済みの298億ウォン(30億円)を含めて430億ウォン(43億円)の拠出を約束していました。我々日本人からすると、サムスン一社が支払い済みの30億円だけでも、我々日本人からすると、一人の政治家の絡む贈収賄事件の金額としては、この世ではありえぬほどの天文学的な巨額さです。これほど超巨額な贈収賄は、日本ではもとより、おそらく世界でも他に例はないはずです。韓国の経済規模、国家予算の規模からすると、韓国内におけるこの贈収賄金額の巨大さは、日本で考える規模とは比較にならないほどに超巨額で、超異常な額であると断定いたします。



サムスン側提供の43億円は約束分も含めた額で、拠出済み額は30億円らしいですが、この収賄事件の実態を検証するには、サムスン側が朴氏に総額で43億円を支払うことを前提にしてなされたという、この事実を基にすべきであることは言うまでもありません。偶然なのかどうか、本号公開後の西日本新聞では、それまでは、サムスンの拠出額は「約束分も含めて430億ウォン(43億円)」と表記していたものを、「サムスンが実際に支払った298億円(30億円)」のみを表記する方針に変更していますので、あきれ果てながら追記をしました。(4/1)



しかしなぜか、この超巨額な金額に着目した論評は未だ目にしたことはありません。ではなぜこの金額が問題なのかといえば、この巨額な金額は、サムスンのような大企業も含めて、本来ならば民間企業では拠出不能なほどの超巨額な金額であるということです。拠出不能の理由としては、韓国の企業会計が法的透明性と公正さの枠内で実行されているならば、(1)政治家への献金も会計資料として公開され、株主の可否の対象になるはずである。(2)仮に巨額の献金が株主等関係者の了解を得たとしたならば、当然のことながら、その巨額な献金に見合う利益(見返り)のあることが前提となっていることは言うまでもない。(3)この超巨額な献金を民間企業に求めて実行させるには、それに見合うだけの見返りを与える必要があるが、一民間人には実行不可能であることは言うまでもない。政治家でも、ただの国会議員では不可能です。絶大な権力を持つ大統領にして初めて可能な巨大さです。


日本の企業会計は不透明だと欧米からしばしば批判されますが、韓国の企業会計の不透明さは日本とは異次元のものだというべきでしょう。企業側から、天文学的規模の超巨額な金額が大統領とその関係者に渡っているからです。正常な企業活動からするならば、この献金額はありえぬ巨額さであり、法的ルールなしに、企業と政治が完全に密着していることを物語っています。企業家も企業を私物化し、大統領も政治を私物化しているということです。政治の私物化は李朝時代からつづく韓国の伝統的な病です。政治の私物化は、おそらく李朝以前からつづいると思われます。企業は日本の植民地化(日韓併合)で初めて誕生しましたが、李朝では、日韓併合までは李王家の財布と李朝政府の財布が同じであったという。日韓併合に踏み切った明治政府は、李朝では政府の会計も王家の会計も同じで分離されていないことに驚き、すぐさま李朝会計の公私の分離を実行したという。


しかし日本の介入、教化によって形式的には公私の分離はできても、韓国人の体に染みついている公の私物化思想は簡単には払拭されず、今なお韓国人の宿痾(シュクア・・・治癒不能な病気)となっています。それが企業や政治の私物化を生みつづけ、朴大統領を含む、歴代大統領とその一族による贈収賄事件の連鎖の源となっています。この宿痾を断ち切るためには、朴大統領の罷免に至った罪を徹底的に裁くと同時に、企業、政治の私物化の淵源となっている韓国の歴史の暗部を隠蔽せず、美化せずに直視することです。それ以外に韓国社会の再生はありえぬはずです。

  

朴大統領の罷免決定をめぐる騒乱では、3人の死者が出ました。いずれも朴支持者で、抗議のために警察車輌を奪ったことで発生した事故によるものでした。しかし当時まだ大統領官邸に居住していた朴氏は、この事故に対しても、3人の死者に対しても一言も言葉は発していません。さらにその二日後に官邸を退去する際にも、朴氏は自分の無実はいずれ明らかになるだろうという文書によるコメントを発表しただけで、3人の犠牲者に対しては一言も触れることさえしていません。それどころか、支持者に向かって笑顔で手をふる写真が公開されていました。朴氏は、自分のために、3人もの犠牲者が出たことに対しては、申し訳ないという気持ちはかけらも持ち合わせていないようです。3人の犠牲者などなかったかのような朴氏のふるまいは、わたしにはまったく理解不能です。この朴氏の冷酷さに違和感すら感じていならしい韓国民はさらに理解不能です。韓国では、権力者のためには民衆が命を落とすことは当然だと考えられているとしか思われません。


この感想を補強するような事態が続きました。朴氏が官邸から出た後、やっとセォル号の引き上げが実施されました。日本では東日本の犠牲者捜索は6年経っても続けられていますが、韓国では3年も放置されてきました。しかも作業開始1日で、船は引き上げられました。その気になればすぐにも引き上げられたのに、なぜ放置し続けたのか。事故後すぐにも引き上げたならば、犠牲者の遺体も見つけることができたでしょうし、船の内外の状況から事故の原因を解明することができたはずですが、朴大統領には犠牲者の救出も真の事故原因の解明もする気はなかったということです。3年も放置してきたことがそれを証明しています。


ではなぜ突如、セォル号の引き上げが実施されたのか。実はこの引き揚げ作業は中国企業が請け負ったという。中国企業がこの引き揚げ作業を請け負ったことは、繰り返し関連記事を掲載していた西日本新聞には一言も書かれていませんが、産経新聞のweb版に出ていました。巨大なタンカーならともかく、韓国には旅客船すら自前で引き上げる能力はないのかと驚きましたが、入札でもっとも安かったので中国企業に依頼したとのこと。引き上げ時期からするならば、THAAD配備以降、中国で始まった激しい韓国パッシングを少しでもやわらげたいとの思惑から実施したのではないか。加えて、政権与党への国民の非難も少しはやわらげたいとの思いと、セォル号引き上げという劇的なパフォーマンスで朴氏に集中している国内外の関心をそらしたいとの思惑もあったものと思われます。いずれにせよ朴氏には、犠牲者を悼む気持ちは微塵、毛頭ないということです。今回の3人の犠牲者に対しても全く同様です。


朴氏をめぐる一連の事態は、韓国では国民は政治の目的ではなく、単なる手段にしかすぎないということをまざまざと見せつけてくれましたが、これも韓国では古代から続く歴史的伝統です。朴氏も自分は何一つ悪いことをしていないと心底思っているはずです。韓国では、権力者が自らの利益を最大化するために動くことは悪ではなく、当然であるというメンタルティが連綿と受け継がれてきているからです。このメンタルティにメスを入れ、剔出(テキシュツ)、抉り出すことなしには、韓国の民主主義は実質を持つことはないのではないか。「民主主義の再起動」以前の状態にあるというのが、韓国の偽らざる現実ではないかと思います。



3 東芝と日本の民主主義


そういう日本はどうなのかという反問がきそうですが、日本の民主主義の再起動は、戦前の反動から生まれた日本人による日本人に対する反日洗脳装置との闘いなしには達成不可能だと思います。この反日洗脳装置とは偏向報道を旨とするマスコミが代表格ですが、韓国や中国の執拗な反日工作と、それを放置しつづけてきた日本の歴代政権と外務省の無能さの結果、今や世界大にまで拡大しています。世界大化した反日洗脳にさらされ続けると、当然のことながら、日本人としてのプライドは持てなくなりますが、日本人が自らを卑下することが美徳であるかのような状況下では、日本国民にとっての民主主義は機能しません。


目下、東芝が子会社であるアメリカのWH社の異常なまでの不良債権化を受けて苦境に立たされていますが、この問題の背後にも日本人としてのプライド喪失が潜んでいます。もちろんプライドの問題以前に、こんな不良債権の塊のような会社を買収したばかりか、後々までも親会社として責任を負わざるをえないような条件付きの契約までしたという、東芝経営陣の愚かな無能さがまず批判されるべきですが、プライド問題はその責任を厳しく問うた上でのことであることをお断りしておきます。


WH社は東芝の子会社とは名ばかりで、親会社である東芝を無視して、勝手放題をしていたという。しかも東芝本社からはその筋では有名であったらしい日本人幹部がWH社のトップに送り込まれていたにもかかわらず、その日本人社長も、東芝本社もWH社のアメリカ人幹部の勝手放題を止めることも叱責することすらしなかった、できなかったという。これは、経済専門誌のWEB版にアメリカ現地で取材した記者のレポートとして公開されていたものですが、一般紙には報道されていないはずです。この無残さは、日本人としてのプライド喪失の無残さそのものを象徴的に物語っています。アメリカ人は巨額な借金だけを日本企業に押し付けて平然としています。アメリカ人は、日本人や日本に対しては、それがまかりとおると考えているわけですが、日本人はそういう屈辱に対しても憤ることを忘れています。少なくとも東芝の経営陣は、アメリカ人からそこまで見下されていたということですが、東芝はそれを屈辱とは感じていなかったのではないか。日本のマスコミでも、WH社のアメリカ人経営者の無能ぶり、無責任ぶりを批判したところは皆無。それどころか、その事実を指摘した記事、報道も皆無です。



しかし東芝だけではありません。原発を扱うWH社は安全保障上救済すべきだという声がアメリカから聞こえてくると、政府の意向を受けたものかは不明ながら、経済革新機構がWH社の救済に動き出そうとしていました。が、結局はアメリカで民事再生を申請することになったようです。アメリカ人の無能で無責任な経営者が作った巨額借金は、アメリカ人幹部に責任をとらせるべきではないか。こんなアメリカ企業に騙された東芝本社の経営陣も自らの無能さを恥じるべきです。無能さの塊のようなWH社の再生は、無能なアメリカ人幹部の責任を明らかにすることなしには全く無意味であり、また再生も不可能だと思われますが、こんな企業には、日本政府は、東芝を介した形であれ、一銭の支援もすべきではありません。


東芝の事件は、日本人が日本人としての、というよりも人間としてのプライドを完全に喪失していることを如実に示したものですが、この無残なプライド喪失状態を放置したままでは、民主主義の再起動は全く無意味であり、不可能です。日本の民主主義の再起動には、日本人が日本人を貶める反日洗脳装置との闘いなしには達成不可能だというゆえんです。この闘いは、言論の完全なる自由が保証された中でしかなしえないことも、あらためて強調しておきたい。言論も自由な競争の中でこそ、言論の質も磨かれるのではないかと思います。


posted by 久本福子 at 02:26| Comment(0) | TrackBack(0) | 社会時評

2017年03月22日

韓国の30万本の桜


桜の季節ももう間近。観光案内の広告にも桜花爛漫の写真が踊ります。そうした広告の中でもひときわ目を引くのが、韓国の30万本もの桜花爛漫を誇る観光写真です。韓国観光公社による広告のみならず、JTBなどの日本の旅行会社も、30万本の桜花を目玉に韓国旅行を大々的に宣伝しています。しかし韓国観光公社はもとより日本の旅行業者も、これら30万本もの韓国の桜は、全て日本政府によって植樹されたものであることについては全く触れていません。


日本の植民地化が始まるまでは、朝鮮半島(韓国・北朝鮮)の山々ははげ山だらけ。野山の木々を燃料にするために、乱伐し尽したからです。禿げ山は美観を損ねるばかりか、治水にも重大な悪影響を及ぼします。日本政府は日韓併合前から、李朝政府に禿げ山への植林を勧めていましたが、李朝政府は禿げ山を放置したまま、一本の植林もしようとはしませんでした。朝鮮半島の緑化は、日本の植民地事業の一環として実施されたもので、日本の植民地になっていなければ、韓国の30万本の桜並木は存在しなかったのはもとより、朝鮮半島は今も禿げ山だらけのままであったことは言うまでもありません。


 水間政憲著『朝日新聞が報道した日韓併合の真実』(徳間書店)には、日本政府が巨額を投入して朝鮮半島の緑化を推進していたことが、新聞記事も駆使しながら紹介されていますが、以下に本書より、一部引用します。


(インフラ整備)と並行して農地改革も実施され、その一環として「植林」と「治水」が一体化して行われた。(略)朝鮮総督府の植林政策は計画的で、「農業指導員」や「山監」などを配置し、緑化運動を徹底したことで、ほとんどの禿げ山は緑が覆い尽くす森林に生まれ変わった。
 「禿げ山」が再生すると、ここから日本人の本領が発揮されることになる。まず山々から取りかかった緑化推進はやがて市街にも及び、並木道や公園の整備を始めることになる。そのような公園設備事業は私的な庭園と違って、それまでの朝鮮半島にはなかった。自然を文化に造り変える近代文明の見本になっていた(引用者注:「日本人の文化の粋は、西洋人が江戸時代に日本を訪れ書き残した紀行文に散見するように、『人間と自然の調和』に代表されると言っていい。」という一文を受けたもの)。現在、朝鮮半島で見ることのできる立派な「梅の名所」や「桜並木」「プラタナス並木」「アカシヤ並木」は、朝鮮総督府の植林政策によって植えられたものなのだ。(水間政憲著『朝日新聞が報道した日韓併合の真実』)

 日本には一カ所で30万本もの桜が咲く場所はありません。ではなぜ、韓国には30万本もの桜を誇る名所が存在するのでしょうか。言うまでもなく、30万本もの桜を植樹することのできるほどの超異常な規模の禿げ山、禿げ地が広がっていたからです。30万本の桜は、日本の植民地化以前の朝鮮半島の国土の荒れ方が、尋常ならざる異常なものであったことを象徴するものです。韓国人は日本政府(朝鮮総督府)によって桜や緑の木々が植樹されるまでは、一帯には樹木は一本もなかったという事実を想起すべきです。30万本にはならずとも、韓国には他にもいくつも桜の名所が存在しますが、それらは全て日本政府(朝鮮総督府)によって植樹されたものです。桜は目立ちますが、緑の葉を繁らせる様々な緑樹も日本政府によって植樹されたであり、日本の植民地時代の貴重な遺産です。韓国政府と韓国民はこの事実をしかと認識し、欧米とはまったく異なった日本の植民地政策に深く感謝すべきではありませんか。

韓国では官民こぞってこの事実を隠蔽しているばかりか、事実を歪曲してまで延々と日本の植民地批判を繰り返しつつ、日本人を韓国での桜見物旅行に誘おうとは、余りにも人倫にもとる行為ではありませんか。韓国人の図々しさにはあきれ果てて、開いた口がふさがらない。


日韓併合は、韓国を日本並みの近代国家に改造するための、反欧米流の日本固有の植民地政策として実施されたものでした。この事実が韓国ではもとより、日本国内でも隠蔽されてきたことが、今なお続く日韓対立の根本原因です。大学の予算が削られ続ける中、日本を代表する大学に次々と韓国研究所や韓国に特化した研究機関が作られるという怪奇現象が発生し続けているにもかかわらず、いずれの韓国研究所でも、日本の植民地政策を事実を通して検証するという研究は全く行われていません。いったい何のための、韓国研究所なのか。


京大の朝鮮近代史が専門の水野直樹教授のHPには、戦前の日朝関連の新聞報道をデータベース化した、「戦前日本在住朝鮮人関係新聞記事検索 1868−1945」と題するデータが公開されています。検索すると、在日朝鮮人関連の記事のみならず、朝鮮半島から渡ってくる密航関連記事も734件出てきます。ご覧のとおり、取り締まっても取り締まっても、半島からの密航は絶えません。密航者の目的地は炭坑が圧倒的に多いですが、中には売春目的者もあり。記事になったのは密航が露見したケースだけですので、密航者全体のごく一部ですが、これらの記事だけでも、韓国が非難しつづける日本政府による強制連行がいかに事実に反したものであるかは明白です。他の在日朝鮮人関連の記事を見ても、朝鮮人による車の運転事故(戦前に車の運転!)や殺人事件報道が目につきますが、選挙に出たり、投票したりと選挙権まで行使しているのには驚きました。


これらの記事を虚心に眺めれば、韓国が主張しつづける日本の植民地批判は全く事実に反した捏造であることが明白となりますが、なぜか京大の学者たちも含めて日本の学者たちも、その核心部分には決して触れようとはしません。それどころか、中には韓国政府の旗振り役を喜々として務める専門家も少なくはありません。しかし日韓の歴史認識問題は、政治家が克服することは100%不可能です。日韓双方の専門家によって、事実を基に検証すること以外にこの問題の解決策はありえません。研究費が削減され続ける中で、特権的に増殖し続けている韓国研究所ないしは類似の研究機関で、この問題に着手せずにいったいどこが研究するのでしょうか。何のための韓国研究所、研究機関なのでしょうか。


日本の植民地政策を検証するに当たっては、植民地化以前の李朝時代の政治状況、民生の有様も具体的に検証すべきです。李朝時代の韓国民は支配層からは収奪される一方の悲惨な状況に置かれていたことは、世界史ではよく知られた事実ですが、韓国政府はこの世界史的事実すらも改竄、捏造しようと企図してきました。李朝時代は農業以外に産業はなく、商品経済、貨幣経済すら存在しない未開社会であったことなど、韓国民は知らないのではないか。当然のことながら国民の99%以上は文盲。日本は江戸時代においてすでに、一般庶民を相手にした出版産業が隆盛をきわめていたことと比較するならば、李朝時代の韓国民の悲惨な状況はより分かりやすいと思います。日韓併合によって、韓国の未開社会は劇的に変わりました。


また日本では、何百年、中には千数百年もの長い歳月を継いで、全国津々浦々で祭りが開かれてきましたが、韓国にはこうした祭りは皆無です。日本の祭りは、神々に自然の恵みを願い、その恵みに対して神々に感謝するという神事が基本にありますが、祭りは同時に、当時の一般民衆にとっては最良の慰安ともなっていたはずです。祭りは日常にはない非日常的な時空を出現させますが、この非日常的な時空は、祭りに参加する民衆にとっては、日常と地続きでありながら、しばし日常から飛翔した自由をももたらします。これは今も昔も変わらぬ祭りの効用だと思いますが、慰安の乏しい昔の人々にとっては、各地で季節ごとに行われる祭りや、節季行事(正月、桃の節句、端午の節句等々)は、最良の慰安をもたらす行事であったと思われます。そしてこれらの祭りや節季行事は、庶民であっても、非日常的な自由と同時にいくばくかの非日常的な奢侈も許されます。もちろん支配者の許可を得るという意味ではなく、庶民はこの非日常的な奢侈のために日々の暮らしでは節約に励むということです。


しかし韓国には祭りはおろか節季行事すら非常に乏しい。祭りの初源は神事に端を発しているというのは、おそらく世界共通ではないかと思われますが、韓国にはその初源となる神がそもそも存在しなかったということが、祭りが存在しない第一の理由だと思われます。ごく素朴な、自然の恵みに感謝するという収穫祭は世界中至るところで行われていますが、その大半は神への感謝が基本にあるものと思われます。しかし韓国には、この素朴な収穫祭すらありません。韓国人は、自然の恵みに対してすら感謝することを知らないのかとも思われますが、まず基本は祈る対象となる神が存在しないことに加え、韓国の一般民衆は、祭りを行うことのできる程度の自由も経済的余裕も支配層から与えられなかったということです。韓国ほど祭り的行事の乏しい国、民族は世界的に見ても非常にまれだと思われます。この事実は、韓国人が歴史的にいかに支配層に収奪され、抑圧されつづけてきたかを物語っています。


しかし歴代の韓国政府は、日本の植民地時代については、事実を完全に隠蔽したまま暗黒史として捏造する一方、自国の民衆収奪の暗黒史は、隠蔽して美化する捏造を平然と行っています。これらの真逆の歴史捏造は、ひとえに日本の植民地支配の暗黒ぶりを捏造するための工作にほかなりません。目下日本政府は、釜山の慰安婦像設置問題で駐韓国大使を一時帰国させていますが、像の設置に抗議するのはもとより、慰安婦像の設置がなされる根本原因である、韓国政府による自国民への洗脳教育をこそ問題にすべきです。


昨年慰安婦問題を巡って、解決金として日本が10億円を拠出することで、永久決着を確認した日韓合意が成立しましたが、合意後も慰安婦像が韓国各地で次々と設置されつづけ、釜山総領事館前にまで設置されるに至りました。ここにまで至ると、さすがの安倍政権も黙認できなくなったということですが、捏造歴史による反日教育を放置したままでは、同様の事態は続くでしょう。合意を推進した朴政権をも含めて、韓国政府は今後も反日教育を強化することはあっても、緩和することはないはずです。


朴大統領は、日韓合意を進める一方、国定化を決定した歴史教科書に従軍慰安婦問題の記述を従来の2倍にまで増やし、反日教育の強化を図っています。日本の一部メディアでも、従軍慰安婦問題の記述が強化された韓国の国定教科書見本が問題になっていますが(室谷克美 新・悪韓論)、教科書見本によって、最初にこの事実が明らかになったのは昨年の11月。野党は教科書の国定化には反対していますが、反日記述の強化にはおそらく賛成するはずです。あるいはさらに強化するかもしれません。韓国政府が延々と続ける捏造歴史による反日洗脳教育を放置したままでは、日韓関係を正常化することは、ほぼ不可能です。


しかし日本政府がこの事態を解決するのは、非常に困難です。観光ビザなし制度を利用して日本で不法就労している韓国人の売春婦や一般労働者を摘発して強制送還すべきだと指摘する識者もいますが、これは法治国家として当然なすべき措置であり、即刻実施すべきです。しかし、これだけでは韓国の反日洗脳が改まるとは思えません。日韓の歴史認識問題については、日韓双方の学者が具体的な資料を駆使して、事実を基にした検証を積み重ねて、その結果を資料とともに公開する以外にはないはずです。事実を基にした検証結果が資料ともども公開されるならば、日韓双方の国民はもとより、世界も納得するはずです。これまでは、具体的な資料を使った事実の検証そのものが、韓国側の拒否と日本側の自主規制で不可能となっていたわけですが、日本の大学に増殖中の韓国研究所には韓国人学者もいますので、この問題を検証するにはまたとない環境が生まれています。にもかかわらず、各大学はなぜ、日韓の歴史上最大のこの難問に取り組もうとはしないのでしょうか。


秀吉の朝鮮出兵も、日本軍による朝鮮侵略という短絡、皮相な韓流史観から脱却し、当時、世界各地で植民地化を強力に進めていたヨーロッパ(スペイン)の動きを視野に入れて検証するべきではないか。秀吉の朝鮮出兵はアジアにまで及んでいたスペインの植民地化政策と密接に関連した動きであることを示す文書がいくつも残されているにもかかわらず、韓国はもとより日本の学者もこの事実を隠蔽、無視しています。日本の歴史教科書にすらこの事実は記載されていません。恐るべき韓国拝跪ぶり!(参照:ねずさんのひとりごと「秀吉の朝鮮出兵」



戦後の独立後の日韓関係も日韓双方にとって研究すべき重要なテーマです。独立後の韓国に対しても、日本は膨大な支援を続けてきましたが、韓国ではこの事実も隠蔽されています。植民地時代の日本の甚大な貢献のみならず、戦後の韓国への甚大な支援の実態を明らかにすれば、日韓関係は飛躍的に改善するはずです。伝統的に自然への感謝のみならず、他者に感謝することを知らない韓国人といえども、日本の献身的な支援の事実を知ったならば、感謝はせずとも非難はできなくなるはずです。関連資料は隠蔽されているものも含めて多々存在しているにもかかわらず、なぜ各大学の韓国研究所は研究しないのでしょうか。


目下、従軍慰安婦問題合意で日本が拠出した10億円のみが喧伝されていますが、これまで日本が韓国に提供した莫大な支援総額からするならば、10億円は微々たる額だといえますが、この10億円が初めて全韓国民にも全開示された点が従来の支援との最大の違いです。日本の支援は韓国では徹底して隠蔽されてきました。


日本は平成9年から、韓国人被爆者にも日本人被爆者に準じる支援を延々と続けていますが、その事実は韓国内ではもとより、日本でもほとんど知られていません。隠蔽されてきました。厚労省HPによれば、日本政府は、在外被爆者支援に年9億円前後の予算を充てていますが、その約7割が韓国人被爆者支援に充当されています。韓国人被爆者には日本政府から韓国赤十字を介して、毎年6億円前後の支援金が支給されていることになります。被爆者にはいくらかの支援金は支給されているはずですが、被害者には日本が提供している総額は知らされていないはず。それどころか、毎月被爆者に支払われている支援金が日本政府から出されたものだということすらも、隠蔽されている可能性もあるかもしれません。


ところで、在外被爆者支援額がなぜか平成26年は約14億円、27年度には約20億円と倍に増えていますが、韓国人被爆者への支給額は2倍どころか、一銭も増えていないはず。これは断定します。日本からの支援金が倍化されたのは、韓国で原爆記念館建設費用に充当するためであったはず。記念館建設と日本の支援金増額の時期が一致しています。が、日本からの被爆者支援金増額も、当然のことながら隠蔽されたままです。


韓国では、日本の被害者とされる人々は、韓国政府が日本からの支援金を得るための手段として利用されています。韓国の歴代政権は、自国民に対して、反日教育を通して日本に対する被害者意識を徹底して叩き込み、その自国民の被害者意識を利用して日本政府から延々と支援金をむしり取ることを政権の重要な政策の柱にしてきました。しかも日本から巻き上げた支援や支援金は当の被害者には知らさず、渡さず、国民にも隠したまま。今回の10億円のみが唯一公開され、一部が被害者にも手渡された例外中の例外です。韓国政府がなぜ自国民に対して、日本への被害者意識を叩き込むのか、その理由は明らかです。浅ましすぎます。同じ人間だとは思えません。現在の韓国では、李朝時代とは違った形で、支配層による民衆収奪が行われているともいえそうです。韓国では反日活動が、祭りの代替物と化していますが、その活動が政権にとっては、外交上の最大の武器となっているわけです。


慶州にある30万本の桜の名所には、朝鮮に侵攻した秀吉軍と戦い、撃退したとされている、韓国一の英雄李瞬臣像が設置されています。一方、桜は植民地時代に日本政府によって植樹されたものであるという事実は完全に隠蔽されています。韓国人は感謝することを知らないどころではありません。韓国では桜の名所ですら、侵略者日本への敵愾心をあおる教育の場と化しているわけです。しかもこの場に、官民挙げて日本人観光客を呼び込もうとさえしています。韓国人は感謝することを知らないどころではありません。恥を知らない民族です。


 この韓国になぜ日本の大学までもが盲目的に拝跪するのか。親韓国、臣韓国とならなければ国の予算がもらえないからなのか。民主党の野田政権時には、山中伸弥教授をはじめとした先端的研究への予算が削られる中、韓国の大学との交流事業に特化した予算4000万円を九大に支給しました。この制度が今も続いているのかどうか。あるいは他大学にまで拡大しているのでしょうか。韓国研究所(立命館大学ではコリア研究所)の増殖は予算なしにはありえませんが、事実を無視した非学問的な韓国拝跪的「研究」しかなしえないこれら研究所の存在意義を、各大学と文科省は国民にとくと説明すべきです。


なお、東北大学の安彦兼次客員教授が開発した、世界初の空気中でも錆びない99,99%以上の高純度の純鉄研究への予算がカットされたのも民主党時代です。予算が断たれた純鉄は教授ともども長崎市まで流浪の旅をしてきましたが、純鉄も教授もその後の消息は不明。


広島大学では過去の新聞記事を精査して、韓国・朝鮮人の被爆実態を検証する研究成果を発表しています。これも貴重な研究だとは思いますが、戦前の日本の日韓併合の実態については、なぜ新聞資料を駆使して検証しないのでしょうか。日韓に関する、学界をも支配し尽くしているこの異常なまでの韓国拝跪的な偏波な関係は、大学の自主性に任せていたのでは解消されないでしょう。というよりも、こういう事態は、歴代政権によって政策として実現されたものだというべきでしょう。その発端は、2000年前後に始まった、国公立大学の国文科や日本史学科などを廃止した大学改革にあります。自国の言語や歴史を学ぶ学科を廃止して、韓国に特化した研究所や研究部門の新設を推進する国は、世界広しといえども日本以外にはありません。日本の文化は韓国が作ったという妄説が日本中を覆いつくすのも当然です。


そしてついに、大学のみならず、小学校でも韓国人教師が韓流日本史を教える事態まで生まれているという。藤岡信勝氏のFacebookにこの驚くべき斎藤武夫氏の報告が紹介されています。信じられない衝撃的な事態です。なぜこういう異常なことが許されているのかは、Facebookの報告だけでは不明ですが(斎藤氏のFBには見当たりません。)、日本の大学に韓国人学者が急増していることからすれば、小中高にもやがて韓国人教師が進出する事態が出現するであろうことは十分に想定されることではあります。歴代政権が進めてきた教育にまで及ぶ規制緩和の産物だと思われますが、日本政府はこうした事態を把握しているのでしょうか。


また杉山満丸氏のFacebookで澤井直明氏という方の投稿紹介で知ったのですが、藤岡信勝氏(Facebook)によれば、文科省は聖徳太子の名前を抹殺する学習指導要領の改訂を予定しているそうです。藤岡氏は日本精神を解体するものだと厳しく批判されていますが、産経新聞Web 2017/2/27新学習指導要領案 聖徳太子が消え、「厩戸王(うまやどのおう)」と呼ぼう これには首をひねるでも懸念が表明されています。


なぜ学習指導要領を改訂してまで、聖徳太子の名前を消さなければならないのか。寒気を覚えますが、こうした動きにも韓国拝跪的学会の潮流が大きく影響しています。聖徳太子の偉業は、実は渡来人(韓国人の祖先とされている人々)によってなされたものだとの珍説が、NHKでも堂々と放送されていることからも、聖徳太子の名前の抹消は、日本の古代史の簒奪をも狙う、つまりは日本そのものの乗っ取りを狙う、韓流史観派の策謀にほかなりません。文科省が韓国人ないしはそのシンパにハイジャックされていることは、朝鮮通信使が日本に最新の文化を届けてくれたという韓国人のトンデモ説を、そのまま文科省として受け入れていることからも明らかです。


意見投稿は、上記ページ最下段の「意見提出フォーム」からです。反対意見を投稿しましょう。期限は3月15日まで。

posted by 久本福子 at 10:36| Comment(0) | TrackBack(0) | 社会時評